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旅 程
記載標高は地図や各種資料で様々ですので間違っていましたらご容赦願います
10/21 day1 関空→Kathmandu タメル地区の Sky Line Hotel (標高1,400m) 泊
10/22 day2 両替やSIMカードの購入、タメル地区、ダルバール広場見学 連泊
10/23 day3 Kathmandu →小型バス(ハイラックス)でRamechhap Airport (標高474m)へ→
飛行機でLuklaのテンジンヒラリー空港 (標高2,845m)へ→ここからトレッキング
スタート→Chaunrikharka の Buddha Lodge (標高2,620m) 泊
10/24 day4 Chaunrikharka→Jorsale の Tibet Lodge (標高2,740m) 泊
10/25 day5 Jorsale→Namche Bazar の Zambara Home (標高3,440m) 泊
10/26 day6 Namch Bazar連泊 Khumjungの村を(標高3,790m)周回
10/27 day7 Namche Bazar→Deboche の Everest Rhododendron (標高3,820m) 泊
10/28 day8 YAO嬢の体調不良で急遽連泊 近くの山に登頂
10/29 day9 Deboche→Pheriche の Panorama Lodge (標高4,371m) 泊
10/30 day10 近くの丘まで散歩 Pheriche連泊
10/31 day11 Pheriche→Thukla(Dughla) の Yak Lodge (標高4,620m) 泊
11/01 day12 Thukla(Dughla)→Lobuche の Alpine Home (標高4,940m) 泊
11/02 day13 Lobuche→Gorakshep の Gorakshep Himalaya Lodge (標高5,164m) 泊
11/03 day14 Gorakshep→Everest Base Camp (標高5,364m) と偽カラパタール峰へ
Gorakshep連泊
11/04 day15 Gorakshep→本物のカラパタール峰(標高5,545m)往復→Lobuche へ
(KURAさんとYAO嬢はそのまま下山)Lobuche の Alpine Home (標高4,920m) 泊
途中YAO嬢は高山病発症の為、馬で戻る 医療機関受診の為ヘリを手配
11/05 day16 Lobuche→救援ヘリで Lukla へ→ヘリの乗り継ぎで Kathmandu (標高1,400m) 泊
この後は11/16のフライトまでの間、各地を観光
航空券のこと
利用航空会社:往復とも大韓航空(関空⇔カトマンドゥ)
日本との時差:韓国時差無し ネパール3時間15分
FIXチケットにつき変更、取消、他の航空会社への搭乗、払戻、経路の変更等一切できない。
海外旅行保険:東京海上日動火災で28日間 23,520円
往復航空運賃:77,000円+空港税等21,510円 計98,510円
チケット手配手数料:3,240円
入国ビザ:US$50
為替レート 2019年10月21日 1円=1.04NPR 1US$=113.30円 1NPR=0.96円
NPRはネパールルピー


出発までのこと
●山行の動機:どうして今回のネパール山行に行くことになったのか?
当時所属していた山の会のKURA氏から海外登山に行かない?と半ば冗談気味でお声掛けいただき二つ返事。
ニュージーランドかアメリカあたりの山に。
●行き先:ところがどうしたわけかいつの間にか行き先がエヴェレストを見に行くことに。
有名なエヴェレスト街道。目標地はベースキャンプ(5350m)に加えカラパタール峰(5545m)も登頂目標に。
●募集:ガイド費用等も考慮に入れると参加者は4人くらいがいいということで他にメンバーを募りました。
3週間から4週間という長期休暇のこともあり名乗りを上げる者は無し。
そんな中、同じ会に所属するネパール渡航経験のある女性が私も連れてってと。
加えてもう一人参加希望の女性がいらしたがスケジュールの関係で直前でキャンセル。
結局この60才の女性YAO 嬢と65才の私、70才のKURA氏との3人での山行になりました。
●旅行の手配:当初からツアー登山はしないということをKURA氏は決めておられました。
専門旅行業者の主催する登山ツアーには申し込まずすべて自分たちで手配します。
(自分は何一つとしてできないのでKURA氏とYAO嬢におんぶでした)
●ウッタム氏との出会い:現地ガイドをどう手配するか考えていたところ同じ会の方で現地ガイドと親しく交流のある
MAE氏からその方をご紹介していただきました。
そのウッタム氏に現地でのすべてのお世話をお願いすることになりました。
●ウッタム氏との打ち合わせ:渡航前の詳細なやり取りはKURA氏が英語のメールでやり取りをして下さいました
航空便はYAO嬢と幾度か取引のあるMayaTravelさんにお任せすることにしました。
出来るだけ安価で、乗り継ぎに便利な便を選んでいただきました。
●実施日と日程:次に大手ツアーやガイドブック等を参考に大まかな旅行期間を決めます。
旅行業者のツアーでは出国から帰国まで15~18日間くらいが普通ですが天候によるルクラへのフライトキャンセルの
リスクもありまた体調不良での休息も考慮して我々は28日間としました。
また季節は気候の安定する10月中旬出発に設定。
●高山病のリスクを避けるため一日の高度差を400m以内とし途中に休息日を設けることにします。
高齢の自分達には日程に余裕を持たせ体力の温存を図るということが重要でした。
一発での成功を狙います。
●今回の山行が決まってからKURA氏は高所登山と高山病についての専門書を何冊も購入して勉強されたようです。
血圧計やら血中酸素濃度計(SpO2計)、携帯浄水器も購入されました。

思ったこと色々
●街道を行くトレッカーたち、地図を見て山座同定している姿を全く見なかったし、そもそも地図を持ち
歩いているのでしょうか。山の名前なんてどうでもいいと考えているのでしょうか。私たちのガイドも
山の名前を教えてくれなかった。これは彼が山岳ガイドじゃないので知らなかったのかも。
●自分達もカトマンズで入手した7.5万分の1の大雑把なしかも不明瞭な地図しか持ち合わせていないの
で山座同定は「多分それだろう」くらいしか判断できないでいました。
●地図に関してもう一つ、後日入手の地図と当時の地図とその地点に置かれていた道標やロッジの看板に
書かれていた標高がみんな違っています。どれが本当か? そんなことは気にしない??
なのでこのHPに書いてます標高も信用できません。すみません。
●替え下着類を5セット持参したのですが意外にも靴下なんかも何日履いても匂わないのです。
せっかく持参したのだからと7日ほどして履き替えましたがほんとに意外でした。
トレッキング中には入浴もせず頭も洗わずでしたが別段不潔にも不快にも感じずに過ごせました。
●食べ物については自分は好きにはなれず無理して食べると吐いてしまいました。味付けが口に合わない
のです。食べれるのはラーメンと餃子くらいだったように思います。朝食の食パンとジャムや卵焼き
は不味いながらなんとか食べていました。
山から下りてカトマンズやポカラの都会にある日本食堂が楽しみでした。
料理の内容や味付けには少し首をかしげたくはなりますがそれなりに日本食になっていました。
●今回の山行が決まってからでもそれまでの国内の山行計画が連続していて渡航前の下調べが十分できな
かったことが悔やまれます。
今回の様な自由度の高い個人旅行ではもっと違うルート取りをして他の山へも登れたかもしれません。
●街道の最終宿泊地GorakShep(標高5140ⅿ)のロッジで夜中息苦しくなり屋外にでて深呼吸をしてなん
とか快復しました。まるで頭にすっぽりとビニール袋をかぶせられたような息苦しさでした。
酸素の薄いところにいることを実感しました。
●高度に対する体の変化ですが(ほんの低い丘なんですが)カラパタールに登るとき少し息苦しくて
50ⅿごとに立ち止まっては深呼吸をしました。
8000ⅿ峰を無酸素で登る登山家ってほんとにすごいと思いました。


左の写真は今回のトレッキングに持参したすべての荷物です。
大きさと重量の制限があり制限ぎりぎりの大きさのバッグを購入、
重量も15キロぎりぎりに収めました。
持参品リスト



高山病のこと
●毎朝夕に血中酸素濃度・動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定していました
日本登山医学会から出ているデータによりますと標高4800mで通常78.7±5.6%、
67.5%以下だと危険値だそうです (下界では90%を割ると酸素吸入も考えるようです)
私はその標高で81%、全行程中最も低い値でも79%でした
時々ごく軽い頭痛はありましたが概ね連日元気に歩けていました
これはうまく高度馴化が出来ていたということだと思います
●今回の旅で普段とは違う初めての体験をしたのは標高3,880mにあるエベレストビューホテル近くの
ナムチェの丘で少し走った時に軽いめまいを感じたことと
●標高5,150mのGorakshepのロッジで夜中就寝中に頭からすっぽりとビニール袋をかぶせられたよう
な息苦しさで目を覚ましたことです 屋外に出て深呼吸をしましたら治まりました
締め切った狭い室内で酸欠に近い状態になっていたのではないでしょうか
●それとカラパタール峰(標高5,545m)のゆるい登りでもゆっくりとしか歩けませんでした
やはり空気が薄いのですね
高山病で死なないために 日本旅行医学会からの報告


















